トルコ石とも呼ばれるターコイズですが、産出国がトルコではなく、13世紀に商人によってトルコに持ち込まれ、この頃からトルコ石の名がつきました。和名は藍玉石。

旅の御守として有名なターコイズですが、その性質にはちょっと変わったところがあって、「人から貰うと幸せになれる」といい、関係性が悪い人に贈ると、その間柄が中和されるともされています。

人に贈ることで幸せを与えるこの宝石が、贈り物をする機会が多い12月の誕生石に選ばれたのも、なんとなくわかる気がします。

宝石言葉は《成功/命中》。宝石のメッセージは《旅の守護/繁栄/与える喜び》です。

ターコイズには御守としての様々な伝承があります。旅の守護石が人生の旅の守護をしてくれると考えられるようになり、成功の御守としても身につけられるようになります。古代アステカ・マヤ、中央アジアやアフリカなど、世界の様々な地域では命中の御守として武器に嵌め込まれていました。

また、ターコイズには変色することで持ち主に異変を伝えるといい、これはターコイズが熱や汗で変色しやすく、体温にも敏感に反応することに起因しています。

そんなターコイズには、医師が体験した不思議な話が残されています。

希代の宝石愛好家の中に、ハプスブルク家のルドルフ2世がいます。錬金術に力を注ぎ、宝石愛好家として名を残す歴代の皇帝たちの中でも、宝石に造詣の深い君主として有名です。

そのルドルフ2世と宝石を結びつけた存在が、従医のアルセルムス・デ・プート。当時、従医は占星術や人生相談なども受けていましたから、彼もまた、ルドルフ皇帝に多くの宝石の話を聞かせる機会があったでしょう。

デ・プートは特にターコイズにご執心な医師で、著書の《宝石の歴史》にもターコイズにまつわる不思議な話をいくつも残しています。その中で特に有名なのが、彼自身の体験した話です。

あるスペイン人が、長年愛用し続けたターコイズを売りに出すことにしました。すっかり色褪せたそれは、とても宝石とは呼び難い状態でしたが、デ・プートの父はそれを買い求め、「この石は、人から貰った時のみにその効力を発揮するという。嘘か誠か…これをお前にあげるから、まずは試してみるといい」といって、息子に与えます。

デ・プートにはただ同然で買った石に対する言い訳のようにも感じられましたが、せっかく父から貰ったものなので、彫刻をして印章にし、いつも大切に持ち歩いていました。すると不思議なことに、1ヶ月もするとたちまち輝きを取り戻し、美しいターコイズ・ブルーの宝石として甦ったのです!

後にデ・プートはイタリア留学をします。学業を終え、いざボヘミアへ帰国となった時、険しい帰路を夜中に通過しなくてはいけなくなります。通過中、事故は起きました。彼の乗った馬車が転倒したのです。地面に叩きつけられたデ・プートでしたが、なんと無傷。ふと腕につけていたターコイズをみると、4分の1ほどが欠けてなくなっていました。石が身代わりになってくれたのです。

さらにターコイズの不思議は続きます。デ・プートは重い棒を担いだ際に、脇腹に激痛を覚えます。骨が折れたかとも思いましたが、身体に異常はなく、代わりにターコイズがまっぷたつに折れていたのです。

男性たちの必需品としてこぞってターコイズを身につけ、17世紀初頭までターコイズはその人気を博しました。

ターコイズには最も優れているとされるイラン産の美しい深みのあるブルーのもの、少し緑がかったエジプト産のもののほか、米国産のネットという黒もしくは褐色の縞目が入ったもとのとがあります。米国ではこの縞目が綺麗に入ったものが珍重されています。